偶然も重なれば立派に奇跡

2月17日と19日の
ユカイとごんぞーさんの誕生日祝いの記事は
とある事情があって、前々から予約投稿しておいたものでした。
お祝いはお祝いとして、ちゃんと祝ってあげたかったから。

そんなわけで、ちょっと遅くなりましたが
ごっつ長くなりますが、報告させていただきます。


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2月7日、コタツ布団に包まれてくつろぐ重。

2月15日、19時20分ごろ
重が空へ還りました。


1月末ぐらいから歩きづらくなってきて
2月10日ごろには、右手の麻痺がひどくなっているようで
体を支えることができず、歩けなくなりました。

診察の結果、
元々の脳のダメージに関係した神経症状の悪化で
新たな病変によるものではないだろう。
薬でどうにかできる状態ではなさそうだし
楽な姿勢でいられるように看てあげるのがいいと思う、とのことでした。

2009年に前庭障害を発症して寝たきりになっていた頃と
全く同じ症状に戻ってしまったところをみると、治療の効果と重の頑張りで
回復したような状態を維持してこられたのも
もう限界のようです。

診てもらってその結果なら飼い主は不安ではないし
ほとんど病院には行かなかった重が
お世話になったO先生に最後に顔を見せに行けたから
決して無駄足ではありませんでした。

自分で歩けなくなった途端に
重は急激に弱っていきました。

食欲は落ちましたが、時々思い出したようにガツガツ食べて
シッコはキレイに後ろに飛ばして体が汚れることはなく
軟便が出てもお尻のところでまとまっていて大きく汚れることはなく
手がかかりませんでした。

もがくことも断末魔の叫びを上げることもなく
浅く荒い呼吸が深くゆっくりした呼吸に変わって静かに逝きました。
自然な最期だったのではないかと思います。

病気になってから約3年。
重にとっては兎生の3分の1を不自由な体で過ごしたことになります。
これ以上頑張れなんて、生きてほしかったなんて言えません。
もちろん悲しいですが
重がもう頑張らなくてもいいことに、
穏やかな顔でいられることに、安堵しています。

重は、小鉄より一回り小さくなって帰ってきました。

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こんな病気にならなければ、もっと長生きできたと思う。
こんな病気になってしまったから
重の凄さを知ることができたんじゃないかとも思う。

うさぎという生き物は、
こんなにも賢いのかと驚かされるうさぎでした。
飼い主にとっては対等な仲間であり、
時には師とさえ思えるほど素晴らしいうさぎでした。
脆く儚くも気高く強く、生き様も散り際も見事なうさぎでした。

重、色々ごめん。そして色々ありがとう。
うちに来てくれて、立派なオヤビンでいてくれて
悔いのない見送り方をさせてくれて
ほんまにありがとう。
9年と半年の間、お疲れさまでした。

一緒にいられなくなったのは寂しいけど
大事なものをいっぱい残してくれたから大丈夫、こっちは心配すんな。
重が自由に跳ねて楽しく暮らせることが飼い主の願いです。
ほんでオヤビン、小鉄御一行をよろしく。
またいつか。


重が逝った15日は
13日の小鉄の命日と、17日のユカイの誕生日のちょうどド真ん中。
おかげで?2月の13、15、17、19日は
怒涛の奇数日命日誕生日ラッシュになってしまいました。

誰ともカブらないように、重が15日を選んだみたいで
あるいは、「あたしだけ仲間はずれにするなんて許さなくってよ。」と
割って入ってきたみたいで、なんだか泣き笑いです。

重が逝った夜、
ユカイがやたらと足ダンしまくっていました。
『吠えることを忘れた男』と呼ばれるほど無口なごんぞーさんが
遠吠えして、ご近所さんを心配させるプチ事件を起こしたそうです。
本当の理由は彼らにしか分かりませんが
もしかしたら飼い主が普段と違うことを見抜いてたりして。

どれも偶然といえば偶然ですが
ユカイとごんぞーさんは、なかなか粋な連中だと
やっぱり重はタダモノではなかったと
飼い主は、そう信じています。

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これまで重を見守ってくださった皆様、
本当にありがとうございました。



※お願い
このブログで重の生き様を見てくださった方だからこそ
最期もここでお伝えしたいという思いで書いています。
いたずらに最期だけを知らせたくありませんので
この場以外のネット上で重の訃報を伝えることはご遠慮願います。
どうかご理解ください。
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